進学塾/予備校情報

進学塾の歴史



学生のライフスタイルに溶け込むひとつの要素として、すっかり定着している進学塾ですが、いつの時代から存在し、どのような流れを経て、今に至っているのでしょうか。また、祖父母世代、親世代が子どものころに体験した塾と、現代の塾ではどう変わっているのでしょうか。塾によって違いはありますが、社会の動きが多くの塾の運営姿勢や傾向に反映されることも少なくないようです。

日本における進学塾の創始期から現代まで進学塾がどのように変遷してきたのか、その歴史を振り返ります。

進学塾のベースは平安時代に始まった?!

進学塾のベースは平安時代に始まった?!

受験対策をするため進学塾は、その誕生のベースとして学習塾の普及がありました。学習塾は平安時代から日本にあり、江戸時代に盛んになったと言われています。学ぶ内容は社会の動きが色濃く反映され、例えば明治時代なら富国強兵のための勉強といった学習がなされていたようです。戦後、日本の社会が大変革を迎えるなかで学習塾のあり方もガラリと変わっていきます。

戦後は第一次塾ブームが到来

戦後1960年(昭和35年)代に第一次ベビーブームの世代が中学受験・高校受験を迎えると受験競争が激化し、学習塾が一気に増えました。「第一次塾ブーム」とも呼ばれます。これらの学習塾は学校の成績を上げるための補習スタイルの塾が一般的でした。

1960年(昭和35年)は高度経済成長が始まったことも塾増加の要因です。生活に困らなくなった親世代が、子どもに教育に投資をし始めたのでしょう。また、農業や漁業などではなく、企業に勤める言わゆる「サラリーマン」が増えたことで、就職先や給料の額にも学歴が影響すると痛感する人も多かったようです。こうした保護者らが、我が子に学歴を付けさせようと考えたのは自然な流れとも言えます。

1963年(昭和38年)全国私塾連盟が誕生

子どもの教育に投資する保護者が増える一方で、こうした教育資金をねらった悪質な塾も生まれました。そこで、塾の運営者同士がこうした悪質な動きを阻止する対応を採るため、「杉並私塾会」を結成。これが今日の全国私塾連盟の前身となっています。

第二次塾ブームには進学塾が登場

1970年(昭和45年)代に高校・大学への進学率が上昇すると、子どもの成績の高低差が顕著にみられるようになりました。学校の授業に付いていけない子どもの実態をとらえた「落ちこぼれ」という言葉が生まれて社会問題にもなります。このため、補習スタイルの塾が増加。一方で、受験対策に特化する「進学塾」も生まれました。これまで塾は個人経営が主でしたが、塾生が200名を超える企業型の塾や、フランチャイズ運営による塾なども登場します。

1970年(昭和45年)代は塾に通いたい子どもの数より塾数が増えた時代でもあり、「第二次塾ブーム」と呼ばれることがあります。

第三・四次塾ブーム

1980年(昭和55年)代、1990年代(平成2年)には、公立の中学校における校内暴力やいじめが社会問題となり、特に都市部では私立校の人気が高まりました。これにより塾はますます増加し、第三、第四の塾ブームを引き起こしました。私立の有名校受験で高い合格実績を誇る進学塾は信頼を得て、塾生3000名以上を擁する大規模塾へと成長を遂げます。

少子化により大手の進学塾のシェアが拡大

2000年(平成12年)~2010年(平成22年)初期には、言わゆる「ゆとり教育」が実施されました。この時代は子どもの学力低下を心配する保護者らにより、私立校や進学塾の人気がさらに高まりました。

また、1997年(平成9年)には日本は少子社会に突入し、塾が塾生の確保を巡って争うようになります。すると中小規模の塾の倒産が増え、大手の進学塾のシェアが拡大。昨今の塾の市場シェアは大手進学塾が8割、中小の個人塾が2割程度であると言われています。